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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)366号 判決

主文

被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役一年に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人Aから金四三三万七八五〇円を追徴する。

訴訟費用のうち、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、昭和五六年四月一日付で千葉大学医学部助教授となり、併せて同学部附属病院の中央放射線部部長に任命された。中央放射線部部長の地位にあった被告人Aは、同大学が同病院における診断・治療等に用いるために購入する大型高額医療用機器の購入費(特別設備費)を同病院から同大学本部へ概算要求するに当たり、その前手続として、中央放射線部に導入すべき大型高額医療用機器の品目、概算額、要求順位等を記載した概算要求調書(特別設備)を作成してこれを同病院事務部へ提出する職務並びに同病院の機種選定委員として、同大学が行う同機器の発注に関し、その性能等についての仕様を決定する職務及び同大学の技術審査職員(支出負担行為担当官補助者)として、応札機種の性能等が右仕様に合致するか否かを技術審査する職務に従事していた。

被告人Bは、昭和六二年四月一日から米国ゼネラルエレクトリック社の医療用機器を輸入販売するなどしている横河メディカルシステム株式会社営業本部東部支社東京支店千葉営業所所長(昭和六三年一二月以降は、同支社東東京支店千葉営業所所長)をしていた。

第一  前記職務に従事していた被告人Aは、

一  同病院が同大学本部に対して平成元年度及び平成二年度の各特別設備費の概算要求をするに当たり、その前手続としての前記概算要求調書の作成提出に関し、中央放射線部に導入すべき大型高額医療用機器として、全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式を概算要求の順位第一位とし、かつ、その概算額を横河メディカルシステムが輸入販売しているゼネラルエレクトリック社製造の全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式を基準とした額にして右概算要求調書を作成提出されたい趣旨並びに同大学の発注仕様の決定及び技術審査において、右装置一式が導入されるよう好意ある取り計らいを受けたい趣旨で供与されるものであることを知りながら、

1 昭和六二年六月中旬ころ、千葉市亥鼻一丁目八番一号千葉大学医学部附属病院中央放射線部部長室において、被告人B及び後記Cらから、横河メディカルシステムの費用で米国海外旅行に招待する旨の申込みを受けて承諾し、これに基づいて、同年一〇月二四日から同年一一月四日までの間、千葉県成田市所在の新東京国際空港から空路ワシントン経由でニューヨークに至って宿泊し、次いで、空路アルバニーに至って宿泊した後、空路デトロイト経由でミネアポリスに至って宿泊し、その後、空路ミルウォーキーに至って宿泊し、さらに、陸路シカゴに至ってから空路サンホセに至った後、陸路モントレーに至って宿泊し、さらに続いて、陸路サンフランシスコに至って宿泊した後、空路ロサンゼルス経由で前記新東京国際空港に戻る米国海外旅行の招待を受け、その間の航空運賃、宿泊代等の費用合計一四三万八一〇〇円を負担せず、被告人B及びCらから、右金額相当の財産上の利益の供与を受け、

2 同年一〇月下旬ころ、前記中央放射線部部長室において、被告人B及びCらから、株式会社富士銀行発行のトラベラーズチェック合計三〇〇〇ドル(円換算四三万二一五〇円)の供与を受け、

もって、自己の前記職務に関して収賄し、

二  同病院が同大学本部に対して平成二年度の特別設備費の概算要求をするに当たり、その前手続としての前記概算要求調書の作成提出に関し、中央放射線部に導入すべき大型高額医療用機器として、全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式を概算要求の順位第一位とし、かつ、その概算額をゼネラルエレクトリック社製造の全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式を基準とした額にして右概算要求調書を作成提出したことの謝礼並びに同大学の発注仕様の決定及び技術審査において、右装置一式が導入されるよう好意ある取り計らいを受けたい趣旨で供与されるものであることを知りながら、

1 平成元年六月下旬ころ、前記中央放射線部部長室において、被告人B、C及び後記Dらから、住銀インターナショナルビジネスサービス株式会社発行のトラベラーズチェック合計二八〇〇ドル(円換算三九万七六〇〇円)の供与を受け、

2 自己が近畿日本ツーリスト株式会社銀座海外旅行支店に対して負担するに至った、フランス・パリ所在のホテル「ニッコゥ・ド・パリ」の一〇名六泊分の宿泊予約のうちの七名六泊分及び三名三泊分に関する解約違約金債務合計二〇七万円について、被告人Bに、同年一一月二九日及び同年一二月四日の二回に分けて、右債務の代位弁済として、東京都中央区銀座五丁目五番四号株式会社第一勧業銀行銀座支店の近畿日本ツーリスト株式会社銀座海外旅行支店名義の普通預金口座に右金額を振込送金させ、被告人Bから、同額の財産上の利益を受け、

もって、自己の前記職務に関して収賄し、

第二  被告人Bは、横河メディカルシステム株式会社営業本部東部支社支社長兼同支社東京支店支店長であったC及び同営業本部CT販売企画推進部長であったDと共謀の上、被告人Aに対し、前記第一の二記載の趣旨のもとに、同1記載の日時場所において、住銀インターナショナルビジネスサービス株式会社発行のトラベラーズチェック合計二八〇〇ドル(円換算三九万七六〇〇円)を供与し、もって、被告人Aの前記職務に関して贈賄し、

第三  被告人Bは、被告人Aに対し、前記第一の二記載の趣旨のもとに、同2記載の被告人Aが負担するに至った解約違約金債務合計二〇七万円について、同記載の日に、右債務の代位弁済として、同記載の普通預金口座に右金額を振込送金して同額の財産上の利益を供与し、もって、被告人Aの前記職務に関して贈賄した。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一  被告人Aについて

判示第一の各所為 いずれも刑法一九七条一項前段

併合罪の処理 同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の二の2の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予 同法二五条一項

追徴 同法一九七条ノ五後段

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

二  被告人Bについて

判示第二の所為(行為時)

刑法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法一九八条(一九七条一項前段)、同罰金等臨時措置法三条一項一号

(裁判時)

刑法六〇条、右改正後の刑法一九八条(一九七条一項前段)

(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

判示第三の所為(行為時)

右改正前の刑法一九八条(一九七条一項前段)、同罰金等臨時措置法三条一項一号)

(裁判時)

右改正後の刑法一九八条(一九七条一項前段)

(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

刑種の選択 いずれも懲役刑選択

併合罪の処理 同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予 同法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(争点に対する判断)

第一  被告人Aの職務権限について

被告人Aの弁護人は被告人Aが有していた職務権限につき、「被告人Aは、千葉大学医学部附属病院の中央放射線部部長として、中央放射線部において購入を希望する大型高額医療用機器の特別設備費に関する概算要求調書を作成する職務に従事していたに過ぎず、同病院から同大学本部へ概算要求するに当たり、導入すべき医療用機器の種類、概算額及び要求順位を決定する職務には従事していなかったばかりか、概算要求調書の作成に当たっても、要求する機器の品目が複数ある場合に限り要求順位を付する権限を有していたに過ぎず、同一品目中の特定機種について要求順位を決定する権限は有していなかった」旨主張し、被告人Aも、公判廷において、これに沿う供述をしているところ、当裁判所は、右主張を概ね正当であると判断した上、判示のとおりの認定をしたので、以下、その判断の理由を示す。

一  被告人Aの一般的職務権限

1 前掲関係各証拠によれば、以下の各事実は、証拠上争いのない事実として認定することができる。

千葉大学医学部附属病院は、患者の診療を通じて医学の教育と研究を行うことを目的として同大学医学部に附属して設置された教育研究施設であるが、同病院中央放射線部(以下、「中央放射線部」という。)は、同病院に置かれた各中央診療施設等「以下、「部」という。)の一つであり、同病院長の管理の下に、同じく同病院に置かれた各診療科(以下、「科」という。)の患者に必要な放射線及びその他の装置による診療を行うことを目的とするものである。中央放射線部には、中央放射線部部長が置かれ、同大学医学部の教授又は助教授がその職に充てられることになっている。そして、中央放射線部部長は、中央放射線部の業務を掌理し、同部副部長その他の職員は、中央放射線部部長の命を受け、担当の業務を処理するものとされている。

被告人Aは、昭和五六年四月一日から、同大学医学部助教授(平成二年三月二〇日からは教授)及び中央放射線部部長の職にあった。

2 以上からすれば、被告人Aは、国立大学である千葉大学の教員として、国家公務員としての身分を有していたほか、中央放射線部部長として、同部の業務を掌理する職務を担当していたということができる。

二  被告人Aの具体的職務権限

1 前掲関係各証拠によれば、以下の各事実は、証拠上争いのない事実として認定することができる。

(一) 千葉大学医学部附属病院における大型高額医療用機器購入手続の概要

(1) 千葉大学医学部附属病院の予算は、文部省の文教関係予算のうちの国立学校特別会計予算の配分を受けた同大学の予算からさらに配分を受けることになっており、このうち一定金額以上の大型高額医療用機器購入のための予算は、特別設備費として扱われていた。また、同病院の同大学本部に対する予算配分の要求は、同病院としての歳出概算要求書等を作成して提出することによって行われていた。

(2) 同病院には、その管理・運営に関する重要事項を審議するため、病院長、各部、科の長らによって構成される運営会議が置かれていたが、例年、一月に開催される定例運営会議において、同病院事務部管理課長から、各部、科の長らに対し、翌年四月からの年度における特別設備費の概算要求調書を作成して同課司計係まで提出されたい旨の事務連絡があり、各部長らは、これに基づいて、「概算要求調書(特別設備)」と題する書面(以下、「概算要求調書」という。)を作成し、これに特定機種のカタログ、見積書等を添付して同係まで提出していた。

概算要求調書に記載される事項は、要求品目、製造会社名・型式、数量、単価、金額、要求理由等であり、要求品目が複数ある場合には、概算要求調書は品目ごとに作成され、各概算要求調書の欄外に数字を付記することなどにより、部、科等としての要求順位を表示していた。

(3) その後、五月ころ、同病院は、各部、科等からの要求事項を参酌した上、これを取捨選択し、要求品目、概算額(特別要求額)、要求順位等を付記して、同病院としての歳出概算要求書、「概算要求の要点」と題する書面等を同大学本部に提出していた。なお、右取捨選択及び順位決定は、三月に開催される運営会議において、同病院長に一任されるのが通例であった。

そして、同大学学長らによるヒアリング、同大学評議会による承認等を経て、七月ころ、同大学本部から文部省に対し、同大学としての概算要求がされ、その後、諸手続を経た上、翌年、新年度の予算が成立した後、八月ころ、同大学本部から同病院に予算配分が行われていた。

(4) 右予算配分後は、まず、機種選定委員の合議(機種選定委員会)により、同大学が行う機器の発注に関し、その性能等についての仕様が決定された後、官報公告の手続を経て、業者が応札し、続いて、技術審査職員の合議(いわゆる技術審査委員会)により、その応札機種の性能等が機種選定委員会の決定した仕様に合致するか否かが審査され、その後、入札手続を経て落札業者が決定され、物品供給契約の締結、機器の納入へと至ることとなっていた。

右機種選定委員の委嘱に当たっては、当該機器の購入を要求した部、科等の長が、当該機器の専門家として、同病院長に対し、自己を含めた数名を機種選定委員に推薦し、同病院長は、これを尊重して、被推薦者をそのまま機種選定委員に委嘱するのが通例であった。また、技術審査職員の任命に当たっては、同病院事務部長が、同大学事務局長に対し、右機種選定委員をそのまま技術審査職員に任命する旨の申請をし、同事務局長は、右機種選定委員をそのまま技術審査職員(支出負担行為担当官補助者)に任命するのが通例であった。さらに、機種選定委員会及び技術審査委員会の各委員長については、いずれも委員の互選により、当該機器の購入を要求した部、科等の長が選出されるのが慣例であった。

(二) 右手続における被告人Aの関与

被告人Aは、中央放射線部部長として、概算要求調書を作成提出していたほか、中央放射線部の要求した機器の購入手続においては、機種選定委員を委嘱され、さらに、技術審査職員に任命され、それぞれ、その職務に当たっていた。

2  被告人Aの具体的職務権限に関する当裁判所の判断

(一)  前記認定のとおり、被告人Aは、中央放射線部部長であり、同部の業務を掌理する職務の一環として、同部に導入すべき大型高額医療用機器の品目、概算額、要求順位等を記載した概算要求調書を作成してこれを同病院事務部へ提出する職務権限を有していたことは明らかである。

(二)  そこで、進んで、被告人Aが、同病院から同大学本部への概算要求に当たり、導入すべき大型高額医療用機器の種類、概算額及び要求順位を決定する職務権限を有していたか否かについて検討する。

前記認定のとおり、同病院の同大学本部に対する概算要求に当たっては、なるほど、同病院においては、導入すべき大型高額医療用機器の品目、概算額及び要求順位を決定した上、同大学本部に対し、同病院としての概算要求をしていたが、その品目、要求順位等の決定権限については、例年、三月に開催される運営会議において、これを同病院長に一任する旨決定されていたのであって、右決定が各部、科等の概算要求事項を参酌した上でされること、被告人Aが、運営会議の構成員である中央放射線部部長であったこと等を考慮に入れても、被告人Aが同病院としての概算要求事項(導入すべき機器の品目、概算額、要求順位等)を決定する権限を有していたと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

この点につき、検察官は、同病院長による右決定に際しては、中央放射線部が要求した品目、特に、第一順位として要求した品目については優先・尊重されている実態にあり、その結果、中央放射線部が第一順位として要求した品目については、当該年度から次々年度までに予算化され導入される実績となっており、第一順位でない品目についても、継続して要求したものについては遅くとも数年度内には予算化されていたという実績に照らすと、被告人Aは、中央放射線部部長として、同病院の同大学本部に対する概算要求に当たり、導入すべき大型高額医療用機器の種類、概算額及び要求順位を実質的に決定する職務にあった旨主張している。

確かに、北根康志、斉藤重臣、長谷川博(二通)、行木武男(二通)、海法勝美及び菱木一夫の検察官に対する各供述調書並びに検察官作成の捜査報告書二通等によれば、各科の依頼を受けて診断、治療等を行い、各科の診療機能をカバーする、いわば全体サービスに寄与している中央放射線部などの中央診療施設等の要求機器が、他の部門からの要求機器に比して優先される傾向にあったことが認められるが、他方、右各証拠によっても、中央放射線部の要求機器が常に同病院の同大学本部に対する当該年度の概算要求における要求機器となっていた事実は認められず、その他の証拠を検討しても、被告人Aが、同病院の同大学本部に対する概算要求事項を実質的に決定していたという事実は、到底これを認めることはできないというべきである。

(三)  さらに、被告人Aの弁護人は、前記のとおり、被告人Aは、概算要求調書を作成提出する際、特定機種について要求順位を決定する権限は有していなかった旨主張しているので、この点についても、付言しておく。

前記認定のとおり、概算要求調書に記載すべき事項は、要求品目、製造会社名・型式、数量、単価、金額、要求理由、要求順位等であり、添付される書類は、特定機種のカタログ、見積書等であった。したがって、概算要求調書の作成提出は、特定業者の特定機種を念頭においてされていたことは明らかである。

また、前掲関係各証拠によれば、業者は、概算要求調書の作成提出権限のある関係者らに対して、自社の特定機種を基準にして概算要求調書が作成提出されるよう、具体的には、自社の特定機種のカタログ、見積書等を右添付書面として採用してもらえるよう、営業活動を展開していたことが認められる。

しかしながら、前掲関係各証拠によれば、同病院から大学本部への概算要求及び同大学本部から文部省への概算要求に当たっては、特定機種の導入のためではなく一定の品目の機器の導入のための予算措置が要求されるのであり、具体的に予算措置が講じられるのも、特定機種を導入するためのものではなく、一定の品目を導入するためのものであると認められること、前記認定のとおり、具体的に予算配分を受けた後にも、機種選定委員会において導入すべき機器の仕様を決定した上、業者の応札、技術審査委員会による審査、競争入札等を経て、最終的に導入機種が決定される手続となっていたこと、前掲関係各証拠によれば、現実にも、概算要求調書に記載された製造会社以外の業者の機器が最終的に導入されたり、同調書に記載された製造会社の機器が結果的に導入される場合であっても、添付されたカタログ等とは異なる機種が導入されたりすることもあった事実が認められることなどからすれば、中央放射線部部長が概算要求調書を作成し、これを同病院事務部に対して提出する段階では、特定業者の特定機種を導入するべく概算要求をしていたということはできず、結局、概算要求調書に製造会社名・型式を記載し、その提出に当たって特定機種のカタログ等を添付することの概算要求手続上の意味は、被告人Aが公判廷において供述するとおり、単に、要求品目の概算額を算出するための資料に供するためのものであるに過ぎないといわざるを得ない。

以上からすれば、被告人Aが概算要求調書に記載していたのは、導入すべき特定機種ではなく品目であると認めるのが相当である。したがって、概算要求調書に記載された要求順位についても、被告人Aの弁護人が主張するとおり、これを特定機種に対して付されたものではなく、品目に対して付されたものであるというべきである。

(四)  機種選定委員及び技術審査職員としての各職務権限

機種選定委員会及び技術審査委員会の各職務権限は、前記認定のとおりである。

ところで、被告人Aは、公判廷において、「入札仕様は機種選定委員の合議で決まり、委員長が事実上決定権限を持つことはない。また、応札機種の仕様が入札仕様に合致しているか否かを決定するのも技術審査職員の合議であり、委員長が事実上決定権限を持つことはない」旨供述している。確かに、機器の性能等の仕様の決定及び技術審査についての最終的な決定は、前記認定のとおり、いずれも各委員の合議によってなされるものであるが、収賄罪における職務は、独立して決裁する権限や最終的な決定権を持つ者の事務であることを要しないと解するのが相当であるから、機種選定委員会及び技術審査委員会の構成員(機種選定委員及び技術審査職員)であった被告人Aが、同大学が行う大型高額医療用機器の発注に関し、その性能等についての仕様を決定する職務権限及び応札機種が右仕様に合致するか否かを技術審査する職務権限を有していたことは明らかである。

三 被告人Aの職務権限についての結論

以上のとおりであるから、判示のとおり、被告人Aは、中央放射線部部長として、同病院から同大学本部に対する概算要求の前手続として、中央放射線部に導入すべき大型高額医療用機器の品目、概算額、要求順位等を記載した概算要求調書を作成提出する職務権限並びに同病院の機種選定委員として、同大学が行う同機器の発注に関し、その性能等についての仕様を決定する職務権限及び同大学の技術審査職員として、応札機種の性能等が右仕様に合致するか否かを技術審査する職務権限を有していたものと認めるのが相当である。

第二  本件各利益供与の趣旨及び被告人両名のこれに対する認識

被告人Aの弁護人は、「被告人Aは、本件各利益をいずれも賄賂の趣旨で受けたものではなく、①判示第一の一の各利益については、X線コンピュータ断層撮影装置(以下「X線CT」という。)の性能向上、磁気共鳴断層撮影装置(以下、「MRI」という。)の問題点解明、三次元画像処理システムの開発等に関する学術調査の実費及び報酬並びに被告人Aが医療機器の開発等に関し横河メディカルシステムに対してこれまで継続的に行ってきた助言や将来行うべき助言に対する報酬として、②判示第一の二の各利益については、国際放射線学会(以下、「ICR」という。)に参加してMRIの最新動向等を調査し、また、ゼネラルエレクトリック社(以下、「GE社」という。)が買収したCGR社の研究所において同社のX線テレビ等の開発状況等を調査するなどの学術調査の実費及び前記助言に対する報酬として、それぞれ受けたものである。また、仮に、被告人Bらが賄賂の趣旨で本件各利益を供与したとしても、被告人Aには、それが賄賂であるとの認識はなかった」旨主張し、被告人Aも、公判廷において、これに沿う供述をしている。

また、被告人Bの弁護人は、「被告人Bは、判示第一の一(被告人Bについては公訴提起されていない。)の各利益を含めて本件各利益をいずれも賄賂の趣旨で供与したものではない。判示第一の一及び二の1(第二)の各利益については、X線CT等の先端医療診断機器の導入に関して必要かつ正当な、臨床医等の海外研修、学術調査、資料購入等のための費用として供与したものであり、判示第一の二の2(第三)の利益については、被告人Aがキャンセル料の発生及び支払いに関して無頓着であったため、被告人Aを紹介した近畿日本ツーリストの担当者である執印哲郎と被告人Aとの間で進退両難に陥った結果供与したものであって、右利益を賄賂の趣旨で供与するとの認識はなかった」旨主張し、被告人Bも、公判廷において、「被告人Aに米国に行ってもらったのは、MRIの動向等を調査してもらい、MRIに対する理解を深めてもらうためなどであり、トラベラーズチェックは、その調査に付随する諸経費として供与した。また、平成元年に被告人Aにトラベラーズチェックを供与したのは、CGR社におけるX線テレビジョン等の調査を依頼したので、これに付随する諸経費として供与した。キャンセル料債務を負担した理由は、執印が困惑していたことや、被告人Aと執印との間でごたごたするのも嫌だったことなどである。そもそも、欧州に行ってもらうよう依頼したのは自分なので、自分に責任があると思い、右債務を負担した」旨供述している。

そこで、当裁判所が、本件各利益供与の趣旨につき、判示のとおりの認定をした理由について、以下、説明を加える。判断の順序として、まず、本件各利益供与の趣旨に関する情況的事実を、次に被告人らの捜査段階における自白調書の信用性を、最後に被告人らの公判弁解の合理性を、順次検討する。

一  被告人Aの有していた職務権限の重大性等

1 概算要求調書の作成提出権限

前掲関係各証拠によれば、被告人Aは、中央放射線部部長として、同部に導入すべき大型高額医療用機器の品目、概算額、要求順位等を記載した概算要求調書を作成提出する職務権限を有していたが、同部内には、同部長から独立して、あるいは、同部長を補佐して右品目、概算額、要求順位等を決定する機関は存在せず、右品目等は、被告人Aの自由裁量で決定される実態にあった。

ところで、前記認定の同病院における大型高額医療用機器購入手続に照らすと、各部、科等が病院に対して概算要求手続をとらない限り、同病院に当該機器が導入されることはまずあり得ず、また、その要求順位が高順位であればあるほど最終的に予算措置が講じられる可能性は高いといえる。したがって、業者にとって、右品目及び要求順位の決定が、機器の売込みの成否を決める重要事項であったことは明らかである。

さらに、右概算額の決定についてみるのに、前記認定のとおり、右概算額は、概算要求調書に記載され、また、同調書に添付されるカタログ等に記載された特定機種を基準にして算出されるものであることからすれば、業者にとって自社製品が右カタログ等に採用されるということは、とりもなおさず、自社製品の価格を基準にした概算額で各部等から同病院に対して概算要求されるということであり、やはり、自社製品が右カタログ等として記載・添付されること、すなわち、自社製品の価格を基準とした額で概算要求がされることも、業者にとっては無視できない問題であったということができる。特に、前掲関係各証拠によれば、横河メディカルシステムが販売している機器は、主に外国製のものであったこともあり、国産の機器に比して価格が高額であり、例えば、昭和六一年度予算における全身用X線CTの納入の際には、概算要求調書に記載・添付された機種が国産の東芝メディカル株式会社の機種であったことから、予算配分を受けた金額が横河メディカルシステムにとってはかなりの低額となって、最終的に同社が落札したものの、その落札価格は、原価と同額、実質的には原価割れとなるほどの低額であり、同社は、右納入により、何らの利益も得ることができなかった事実が認められるのであって、同社のような比較的高額の医療用機器を納入しようとする業者にとっては、右概算額の決定も、右品目及び要求順位の決定と同様、やはり、重大な問題であったといえる。

以上からすれば、被告人Aは、要求品目、概算額、要求順位等をどのように右概算要求調書に記載するかにより、業者、とりわけ、横河メディカルシステムのような比較的高額の医療用機器を納入しようとする業者に対し、多大の影響を与え得る地位にあったということができる。

2 機種選定委員及び技術審査職員としての職務権限

前記認定のとおり、同大学が行う大型高額医療用機器の発注に関し、その性能等についての仕様を最終的に決定するのは、機種選定委員の合議であるが、機種選定委員の委嘱に当たっては、当該機器を要求した部、科等の長の意向が尊重されるほか、その長が機種選定委員長に選出されるのが慣例となっていた。また、前掲関係各証拠によれば、通常、右仕様の案は同委員長が作成し、同委員会での検討を経た上、仕様書原稿の作成も同委員長に一任されるなど、右仕様は、同委員長が中心となって決定されるのが通例であったことが認められる。

次に、前記認定のとおり、業者の応札機種の性能等が右仕様に合致するか否かの審査については、最終的には技術審査職員の合議によってこれがなされることになっていたが、技術審査職員の任命に当たっては、前記のとおり委嘱された機種選定委員がそのまま技術審査職員にも任命されるほか、右部、科等の長が技術審査委員長に選出されるのが慣例となっていた。また、前掲関係各証拠によれば、例えば、昭和六一年度予算における全身用X線CTの購入、昭和六三年度予算におけるX線画像診断システムの購入及び平成二年度予算における全身用X線CTの購入の際には、同委員長たる被告人Aが応札機種の性能比較表の写しを配布したり、性能比較について説明したりし、選定理由書の原稿を被告人Aが起案したりしていた事実も認められ、同委員長が中心になって右技術審査がなされていたということができる。

そして、入札仕様がどのように決定されるか、また、自社製品が技術審査委員会においてどのように審査されるかが、業者にとって極めて重要な問題であることは論を待たないところ、被告人Aが、中央放射線部が要求した医療用機器の機種選定委員長及び技術審査委員長として、各委員会において、他の委員に比して勝るとも劣らない発言権を有していたことは、右認定の事実に照らしても明らかであり、したがって、被告人Aは、機種選定委員会及び技術審査委員会において、その職権を行使することにより、やはり、業者に対して多大の影響を与え得る地位にあったということができる。

3 被告人Aの右権限の重大性に対する被告人Bらの認識

前掲関係各証拠によれば、横河メディカルシステムにおいては、医療用機器導入の実質的な決定権限を有する教授等を「キーマン」と指称し、これに対する営業活動を重視していたこと、同社は、千葉大学医学部附属病院におけるX線CTの導入に関しては、これを使用・管理する中央放射線部の部長である被告人Aをキーマンとして把握していたことが認められる。そして、判示第一の一の各利益供与についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、同社は、被告人Aに対し、昭和六一年ころから、同社が昭和五五年に千葉大学へ納入したCT8800の買換機種として、CT9800クイックの売込み活動を展開していたことが認められるところ、被告人Bの検察官に対する平成三年二月二八日付供述調書に添付された同社の内部文書である資料一「CT8800リプレース状況調査書」と題する書面の写しには、昭和六二年三月の時点において、「右リプレースの際には、現在東芝派である被告人Aがキーマンとなり、被告人Aとの人間関係が左右する。人間関係に努力中」旨の記載が見られ、また、判示第一の二(第二、第三)の各利益供与についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、同社は、昭和六三年一月ころから、CT8800の買換機種として、CT9800ハイライト(平成二年一月ころからはCT9800ハイライトアドバンテージ)の売込み活動を展開していたことが認められるところ、被告人Bの検察官に対する平成三年三月三日付供述調書に添付された同社の内部文書である資料七―一「千葉大学CT8800Replaceの件報告」と題する書面の写しには、「大藤教授。A教授に十二分にPRしなさい」との、同資料七―二「千葉大学CT8800Replaceの件報告」と題する書面の写しには、「高橋教授、奥井教授、平山教授。決定権はA教授にあると思う、GEとしてA教授とよく話し合い、又お願いするとよい」、「千葉大学の勝因はA教授が握っていると思います」とのいずれも平成二年六月の時点での、同資料七―三「千葉大学CT8800Replace及びA教授とのアポイントの件」と題する書面の写しには、「平山教授、稲垣教授、磯野教授。CTReplaceの件は、A教授に良くお願いすると良いとの事、GEに決定かどうかは、A教授と有水教授の話し合いによる、有水教授はGEを向いているのでA教授次第という事になる」との同年七月の時点での、各記載が見られる。

以上からすれば、本件各利益供与の時期の前後を通じて、被告人Bらは、X線CTの導入に当たっては、被告人Aがその実質的な決定権限を有しているものと理解していたということができる。

二  被告人Bらの被告人Aに対する働きかけの状況

まず、判示第一の一の各利益供与についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、被告人Bは、昭和六一年ころから、被告人Aに対し、CT8800の買換機種として、CT9800クイックの売込み活動を開始し、昭和六二年一月ころの昭和六三年度予算に関する概算要求調書の作成提出の時期には、CT9800クイックの見積書等を被告人Aのもとに持参し、同機種の見積書を添付するなどした概算要求調書を作成提出するよう依頼し、その後も、被告人Bは、CT9800クイックの売込みのため、被告人Aを訪れるなどしていた事実が認められる。

また、判示第一の二(第二、第三)の各利益供与についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、被告人Bは、被告人Aが判示第一の一の1記載の米国旅行から帰国した後、昭和六三年一月ころから、被告人Aに対し、CT8800の買換機種としてのCT9800ハイライトの売込み活動の一環として、昭和六四年度(平成元年度)予算に関する概算要求調書の作成提出に際し、同機種の見積書等を被告人Aのもとに持参し、同機種の見積書を添付するなどした概算要求調書を作成提出するよう依頼したこと、平成元年一月ころにも、CT9800ハイライトの売込み活動の一環として、平成二年度予算に関する概算要求調書の作成提出に際し、同機種の見積書等を被告人Aのもとに持参し、同機種の見積書を添付するなどした概算要求調書を作成提出するよう依頼したことの各事実が認められる。

さらに、判示各利益供与についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、被告人Bは、被告人Aが平成元年七月の欧州旅行から帰国した後も、CT9800ハイライトの売込みのため、しばしば被告人Aのもとを訪れ、平成二年一月ころからは、被告人Aに対し、CT8800の買換機種として、CT9800ハイライトアドバンテージの売込みを開始したこと、横河メディカルシステムは、平成二年度予算において中央放射線部に導入されることとなった全身用X線CTに関して、CT9800ハイライトアドバンテージ及び心電同期機能を有するCT9200で入札に臨む方針を立て、被告人Bらは、右全身用X線CTに関する機種選定委員会が開催される前の平成二年七月五日ころ、被告人Aに対し、CT9800ハイライトアドバンテージ及びCT9200の仕様に合わせて入札仕様を作成されたい旨の依頼をしたこと、被告人Bは、右入札仕様が決定された後の同年九月ころ、被告人Aに対し、同大学事務局長宛に提出すべき応札仕様書の原稿の推敲を依頼したこと、右全身用X線CTに関する技術審査委員会においてCT9200ではスキャンタイムが遅いとの指摘を受け、同機種での応札を維持するのが実質的に困難な情勢となった同年一〇月二九日ころ、被告人Bらは、被告人Aのもとを訪れ、CT9200の導入を依頼し、それが困難と判断するや、フォーミュラなる機種に心電同期機能を付属させた機種の導入を依頼したことの各事実が認められる。

以上の事実からすれば、被告人Bらは、被告人Aに対し、本件各利益供与の前後を通じ、CT8800の買換機種として、横河メディカルシステムが販売する全身用X線CTの売込み活動を展開し、特に、昭和六三年度、平成元年度及び平成二年度における各概算要求調書の作成提出に関しては、いずれも全身用X線CTを要求品目とし、その概算額も同社が納入しようとする機種を基準としてもらいたい旨の依頼をしており、また、同年度予算において中央放射線部に導入されることとなった全身用X線CTに関し、その入札仕様の決定及び技術審査においても、同社に有利な取り計らいをされたい旨の依頼をしていたということができる。

なお、被告人Aの弁護人は、被告人Aの検察官に対する平成三年二月二八日付及び同年三月二日付各供述調書等を引用して、本件各利益供与がなされたその場で、被告人Aの職務上の取り計らいに対する依頼、謝礼等に関する言動ないしはこれらを暗示するような言動がなされていないことを根拠に、本件各利益供与の賄賂性が否定されるべきである旨主張するので、この点につき付言するのに、右各供述調書、被告人Bの検察官に対する同年二月二八日付供述調書等によれば、被告人Bが、被告人Aに対し、判示第一の一の2記載のトラベラーズチェックを供与した際に、「今回の件をよろしくお願いします。」などと述べたこと、被告人Bが、被告人Aに対し、判示第一の二の2(第三)記載の解約違約金債務(以下、「本件キャンセル料」という。)を弁済した旨告げた際に、「今後ともよろしくお願いします」などと述べたことが認められる上、前記認定のとおりの被告人Bらの被告人Aに対する働きかけの状況に照らせば、被告人Bが被告人Aに対して本件各利益供与を実際に行い、または、申し入れたその場でX線CTの導入に関する具体的かつ明示的な言動をとらなかったとしても、それが本件各利益供与の賄賂性を否定する理由にはなり得ないというべきである。

三  被告人Aの横河メディカルシステムに対する便宜供与

1 概算要求調書の作成提出に関して

前掲関係各証拠によれば、被告人Aは、全身用X線CTに関する予算の概算要求につき、概算要求調書に次のとおりの記載をしてこれを提出していた事実が認められる(以下の記載は、それぞれ順に、予算年度、製造会社名・型式欄の記載、要求順位を示す。)。

① 昭和六〇年度 全身用東芝スキャナー 第二位

② 昭和六一年度 東芝 第二位

③ 昭和六四年度 横河メディカルシステムKK 第一位

④ 平成二年度 横河メディカル第一位

また、前掲関係各証拠によれば、被告人Aは、右③及び④の各概算要求調書に、いずれも前記CT9800ハイライトの見積書・カタログを添付してこれを提出した事実が認められる。

そして、前記認定のとおりの、業者にとっての概算要求調書の記載及び見積書等の添付の重要性に照らせば、被告人Aの右③及び④の行為が、横河メディカルシステムに対する便宜供与であることは明らかである。この点、被告人Aの弁護人は、被告人Aの右③及び④の行為は、横河メディカルシステムに対する便宜供与には該当しない旨主張するが、右概算要求調書の記載の重要性に照らせば、右主張が失当であることは明白である。

2 平成二年度予算において中央放射線部に導入されることとなった全身用X線CTに関する技術審査に関して

前掲関係各証拠によれば、以下の各事実を認定することができる。

被告人Aは、平成二年度予算において中央放射線部に導入されることとなった全身用X線CTに関する技術審査職員に任命され、平成二年一〇月二六日に開催された技術審査委員会において、同委員会委員長に選出された。

ところで、横河メディカルシステムは、前記のとおり、右X線CTに関して、CT9800ハイライトアドバンテージ及びCT9200で応札しており、右技術審査委員会において、その技術審査が行われた。その席上、技術審査職員である有水曻らから、「CT9200ではスキャンタイムが遅い、CT9800ハイライトアドバンテージを二台入れよ」という旨のクレームがつき、会議に出席していた被告人Bらは、CT9800ハイライトアドバンテージは心電同期機能を有しておらず、逆に、CT9200はスキャンタイムが遅く、結局、スキャンタイムの速い他の機種に心電同期機能を付属させるしかないなどと思案し、返答に窮する事態となって、同社の担当者が、「スキャンタイムの速い機種に対応する心電同期のソフトがあるかどうか、それとも新しいソフトを開発しなければならないか現段階でははっきりしないので、今は確答できない」旨答えたところ、被告人Aが、「明日までに確答できるか」と尋ね、右担当者がこれに答えて、「明日までには確答できる」旨述べたので、被告人Aは、「明日、横河メディカルシステムからオーケーの返事が来れば、同社で決まりだ」と言うなどして、CT9200に代わる機種及びこれに付属させる心電同期のソフト等の確認につき他の技術審査職員の一任を取り付けて技術審査委員会を締めくくった(なお、東芝メディカルの応札機種は、心電同期機能がないという理由で不合格にされた。)。

その後、被告人Aは、同月二九日ころ、被告人Bらと会い、被告人Bらから、CT9200に代わる機種として、フォーミュラで応札する旨の申し出を受けた。フォーミュラは、当時、心電同期の機能を有していなかったが、被告人Aは、被告人Bらから、同機種に付属させる心電同期のソフトを今後開発し、納期には遅れるかもしれないが納入する旨の約束を取り付けた上、「『全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式』の機種に関する技術審査結果報告書」と題する書面の原稿として、概略、以下のとおりのメモを書き、これを同病院事務部管理課第一用度係主任山田光彦に交付し、技術審査を終了させた。

「X線CTの入札に応札した会社は、東芝メディカルと横河メディカルシステムの二社である。両社の応札機器についての比較検討結果は、臨床上、両者とも、大学病院での機能を十分に発揮させる装置であるが、周辺機器に関しては、横河メディカルシステムの機器は、①既製品9800クイックの性能アップ、②心機能解析システムが独立していること、③既存の9800クイック性能アップシステム、新規の9800ハイライトアドバンテージ及び心機能独立システムの三者のデータの管理・保存がデータビューというひとつのデータ管理・保存システムに円滑に連動できること、の三つの大きな長所が認められるために、横河メディカルシステムの機器を決定した」

(なお、被告人Aの弁護人は、フォーミュラの話は技術審査委員会において既に出ていた旨主張するが、第一七回公判調書中の証人有水曻の供述部分、第一八回公判調書中の証人稲垣義明の供述部分等の関係各証拠を総合すると、そのような事実はなかったものと認めるのが相当である。)

以上の事実を前提に被告人Aの横河メディカルシステムに対する便宜供与の事実の有無につき検討する。

まず、右技術審査委員会での被告人Aの言動についてみるのに、確かに、横河メディカルシステムの応札機種であるCT9800ハイライトアドバンテージ及びCT9200は入札仕様に合致し、形式的には技術審査に合格したものといえる。しかしながら、右技術審査委員会においては、事実上であるにせよ、CT9200のスキャンタイムが遅いことに対してクレームがつき、同社としては、よりスキャンタイムの速い機種で応札せざるを得ない事態に陥ったことは、証人高橋紀夫の第一三回公判期日における「横河は、このままでは採用はないんじゃないかと考えた」旨の供述を待つまでもなく、明白であるといえる。したがって、代替機種等について即答できなかった横河メディカルシステムの担当者に対して「明日までに確答できるか」と尋ね、「明日、横河メディカルシステムからオーケーの返事が来れば、同社で決まりだ」と言うなどして、代替機種等の確認につき他の技術審査職員の一任を取り付けて技術審査委員会を締めくくった被告人Aの言動は、右のとおり窮地に追い込まれた横河メディカルシステムにとっては、まさに、検察官主張のとおり、「助け船」であったと評価できる。

また、被告人Aが、右技術審査委員会の後、被告人Bらからフォーミュラに心電同期のソフトを今後開発して付属する旨の約束を取り付けたことで右確認を終えた点についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、同病院においては、導入すべきX線CTに心電同期機能が付属されていることは必須の条件であると考えられており、平成二年度予算において中央放射線部に導入されることとなったX線CTの入札仕様にも心機能解析システム(これは、心電同期機能と同義である。)が明記され、右技術審査委員会においても、この機能を有するか否かが重要な審査事項となったことが認められることに照らすと、このような重要な要件である心電同期機能について、そのソフトの開発が納期以後になるような機種に承認を与えるということは、まさに、検察官主張のとおり、その段階では入札仕様に合致していない機種に承認を与えたものというほかなく、同病院に適正な医療用機器を導入させるべき立場にある技術審査職員の行為としては、到底理解し難いものであるといわざるを得ない。被告人Aが技術審査職員としての職責を誠実に果たすとするならば、フォーミュラとそれに付属する心機能解析装置について、横河メディカルシステムから仕様書を提出させた上、技術審査委員会を再度開催して、フォーミュラの機能やそれに付属する心機能解析装置が本当に心電同期が取れるものであるかどうかを審査する必要があったというべきである。したがって、被告人Aの前記のような行為が、横河メディカルシステムに対する便宜供与であることは明らかである。この点に関し、被告人Aの弁護人は、昭和六一年度予算において中央放射線部に導入された全身用X線CTの技術審査について、東芝メディカルの応札機種には、審査当時、骨成分測定の機能は具備しておらず開発中であったにもかかわらず、同機種が技術審査に合格したことを根拠に、技術審査の段階で、入札仕様にある機能を具備していなくても、その開発が可能であれば審査に合格するということは従来から行われていた旨主張する。そこで検討するのに、和田五郎の検察官に対する平成三年二月二八日付供述調書添付の資料⑥によれば、確かに、右技術審査に関する「『全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式』の機種に関する技術審査結果報告書」と題する書面(写し)添付の表には、東芝メディカルの応札機種につき、「骨成分測定」の欄に「不可(現在開発中)」との記載が、また、同書面(写し)の本文には、東芝メディカルの応札機種は入札仕様を満たしている旨並びに島津製作所の応札機種は入札仕様を満たしていない旨及びその理由のひとつとして「骨成分測定が不可能であるため」との記載があることが認められる。しかしながら、右供述調書添付の資料④によれば、右全身用X線CTに関する入札仕様書に記載された「構成機器及び性能、特質等」の部分には、骨成分測定については何ら触れられていないことが認められ、骨成分測定の機能は、入札仕様の内容をなしていなかったということができる。したがって、昭和六一年度における右取扱いを、まさに入札仕様書に明示的に記載されている心電同期のソフトが未開発であった平成二年度の技術審査の場合と同列に論じることはできず、同弁護人の右主張は失当であるといわざるを得ない。

さらに、被告人Aが、前記趣旨の原稿を書いてこれを山田に交付し、技術審査を終了させた点についてみるのに、前記和田の検察官に対する供述調書によれば、被告人Aが委員長となり開催された昭和六一年度予算において中央放射線部に導入された全身用X線CTの技術審査委員会の後作成された「『全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式』の機種に関する技術審査結果報告書」と題する書面の写しには、「横河メディカルシステムと東芝メディカルの応札した装置は、本院機種選定委員会で作成した仕様を満たしているが、島津製作所の応札した装置は、下記の理由により仕様を満たしていない」旨の記載があり、島津製作所の応札機種が仕様を満たしていない理由につき三点にわたって具体的に指摘されている事実が認められる。このように、ある応札機種に対する不合格処分は、それがその業者に対する不利益処分であることからすれば、技術審査の厳格な公正さを要求される国立大学においては、その不合格の理由につき、最低限、その項目だけでも明示するのが社会通念に照らしても当然であり、その点、右昭和六一年度の技術審査結果報告書の記載は、一応、当を得たものであるということができる。これに対し、被告人Aの起案した前記平成二年度の技術審査結果報告書の原稿は、技術審査委員会において東芝メディカルの応札機種を心電同期機能がないという理由で不合格にしているにもかかわらず、その旨の記載は一切なく、かえって、「臨床上、両者とも、大学病院での機能を充分に発揮させる装置である」とさえ記載されているのであって、前記山田も、第一六回公判期日において、「横河メディカルシステムの特徴を挙げてそれで同社に決定したと書かれてあったので、ちょっとおかしいと思った。東芝がだめだという理由にはならないと思う」旨供述するように、極めて不自然な記載であることは明白である(このことは、前掲関係各証拠によって認められる次の事実、すなわち、山田が、右技術審査結果報告書の起案に当たり、同原稿をわざわざ書き換え、「東芝メディカルの応札した機器は、本院既設の米国GE社製9800クイックと連動したデータ管理ができず、本院の仕様を満たすとは認められない」旨の記載をしていることからも明らかである。)。

以上からすると、被告人Aが同原稿を前記のように記載したことは、被告人Aが、検察官に対する平成三年二月二六日付供述調書(検察官請求証拠番号乙37)において、「『東芝メディカルの応札したシステムには心電同期を取るシステムが組み込まれておらず入札仕様を満たしていないが、横河メディカルシステムの応札したシステムには心電同期を取るシステムが組み込まれているので入札仕様を満たしている』と端的に表現しなかったのは、フォーミュラに付属する心機能解析装置が心電同期を取るものであることを実際に確認していなかったので、学者の良心からそこまで断定できなかった」旨自認するように、フォーミュラに付属させる心電同期のソフトが未開発の段階で横河メディカルシステムの応札機種を合格とすることが、被告人Aからみても無理があったということを端的に表現するものであるといえ、したがって、被告人Aは、甚だ不自然ではあるが、このような原稿を起案することによって、同社の応札機種が合格したという形を整えたものであって、これが同社に対する便宜供与であることは、論を待たないといわざるを得ない。

四  被告人Bらによる利益供与の対象者の選抜方法

前記認定のとおり、横河メディカルシステムにおいては、医療用機器導入の実質的な決定権限を有する教授等をキーマンと指称してこれに対する営業活動を重視しており、同病院におけるX線CTの導入に関しては、これを使用・管理する中央放射線部の部長である被告人Aをキーマンとして把握するなど、同社は、本件各利益供与の時期の前後を通じて、X線CTの導入に当たっては、被告人Aがその実質的な決定権限を有しているものと理解していた。

また、前掲関係各証拠によれば、同社は、本件各利益供与が行われたころ、キーマンに対しては、これを海外に招待し、その旅行費用を負担することを制度として行っていた事実が認められる。さらに、判示第一の一の各利益供与についてみるのに、前記「CT8800リプレース状況調査書」と題する書面(写し)の「営業に対する問題」という欄には、「A教授がキーマンになるので現在は東芝派であるA教授との人間関係が左右する。RSNAにてGEに招待予定」という趣旨の記載が認められる。

以上からすれば、被告人Bらが、判示第一の一の1の米国旅行の費用を負担し、これに付随する判示第一の一の2のトラベラーズチェックを供与する対象者として、また、前記欧州旅行の費用の負担を申し出、これに付随する判示第一の二の1(第二)のトラベラーズチェックを供与する対象者として、被告人Aを選抜したのは、いずれも被告人AがX線CTの導入に関して実質的な決定権限を有すると考えたからであるということができる。

五  被告人Bらの賄賂供与の動機

前掲関係各証拠によれば、横河メディカルシステムのような医療用機器の販売業者にとっては、大学の医学部が医学界における権威的存在であり、医学部への医療用機器納入による宣伝効果も大きいことなどから、大学の医学部、特に、国公立大学の医学部が営業の重要拠点とされていたこと、同社は、昭和五五年度予算において、同病院に対し、CT8800を納入したが、その耐用年数等からみて、昭和六二年度以降においてその買換機種の予算措置が講じられることが見込まれ、右のとおりの同病院の営業戦略上の重要性等にも照らし、同社は、その買換機種として自社の医療用機器を納入できるよう会社を挙げて営業活動を展開しており、被告人Bも、上司から、「CT8800の買換えは絶対他社に取られないように」との指示を受けるなど、CT8800の買換機種を同病院に納入することは、被告人Bらにとって極めて重要な課題であったこと、同社は、昭和六一年度予算において、同病院に英国EMI社製のCTの買換機種としてCT9800クイックを納入したが、その際、概算要求調書に記載・添付された機種が安価な東芝メディカルの機種であったため、予算配分を受けた金額が横河メディカルシステムにとってはかなりの低額となって、結局、同社の落札価格は、実質的には原価割れとなるほどの低額であり、同社は、右導入により何らの利益も得ることができなかったことから、CT8800の買換えの際には、是非とも同社の販売機種を基準にした概算額で概算要求をしてもらう必要性が極めて大であったこと、同社は、昭和六一年ころ、被告人Aが東芝メディカルの製品を推しているものと理解していたが、特に、昭和六一年度予算において納入したCT9800クイックについて、これに心電同期機能が付属されていなかったことから、同年一二月ころ、同病院第三内科増田善昭から苦情が出、同機種の技術審査において技術審査委員長を務めた被告人Aの怒りを買ったこともあり、CT8800の買換えに際しては、何としても被告人Aに同社の製品に好意を持ってもらうべき差し迫った必要性があったことの各事実が認められる。

以上の事実からすると、被告人Bらにおいては、昭和六二年当時には、東芝派とみられる被告人Aに対し、その意向を変えさせて同社の製品に対して好意を持ってもらう緊急の必要があり、平成元年当時においても、CT8800の買換機種として是が非でも自社製品を納入することができるよう被告人Aの歓心を買い、その心証を害しないよう行動する必要性は大きかったといえる。したがって、被告人Bらが、本件各犯行当時、被告人Aに賄賂を供与しようと考えたとしても、別段不合理とはいえず、むしろ、被告人Bらには、右当時、被告人Aに賄賂を供与する強い動機があったということができる。

六  被告人両名の捜査段階における自白及びその信用性

1 自白の内容

被告人Aは、捜査段階において、本件各利益供与を受けた趣旨につき、大要次のとおり供述している。

「被告人Bが米国旅行の費用を出すと言った時、自分は、被告人Bは自分が中央放射線部の部長として同部で導入する医療用機器の概算要求調書を作成し、予算が付いた後は、機種選定委員や技術審査委員として入札仕様を決定し、応札した機種が入札仕様に合致するかどうかを判断する立場にあり、しかも、同部で導入する医療用機器の選定や技術審査に当たっては、同部部長である自分が委員会の委員長に互選される慣例で、自分の判断が非常に重要なウエイトを占めるということを知っているからこそ、このように旅費負担を申し出たのだと思った。自分は、被告人Bが、昭和六一年度に横河メディカルシステムがCT9800クイックを納入することができたお礼の趣旨や、そろそろCT8800を買い換える時期が来るので、その際はGE社のCTをまた同部で導入してもらえるよう自分にいろいろ取り計らっていただきたいという趣旨で旅費等を負担するつもりだと思った。

被告人Bが昭和六二年一〇月ころにトラベラーズチェックを差し出した時には、右米国旅行の際の小遣いにそれをくれるのだと思った。もちろん、被告人Bが、昭和六一年度に同社がCT9800クイックを納入することができたお礼の趣旨や、そろそろCT8800の買換えの時期が来るので、その際はGE社製のCTをまた同部で導入してもらえるように自分にいろいろ取り計らっていただきたいという趣旨でトラベラーズチェックをくれようとしていることが分かった。

被告人Bが平成元年六月ころにトラベラーズチェックを差し出した時には、同社が自分のパリ・ロンドン旅行の小遣いとしてそれをくれるのだと思った。もちろん自分は、被告人Bらが、自分にCT9800ハイライトの見積書とカタログを提出したことで千葉大学医学部附属病院に対するCTのフル装備一式の売込みについて明るい見通しが持てたので、さらにもう一押しして、『車代』に事寄せてトラベラーズチェックを自分に贈ることによって、平成二年度にCTの予算が付けば、是非、GE社製のCTのフル装備一式をまた同部で導入していただきたい、そのために自分にいろいろ取り計らっていただきたいと頼んでいるのだと分かった。自分は、被告人Bらは自分が同部で導入するCT一式の機種選定委員や技術審査委員として入札仕様を決定し、応札した機種が入札仕様に合致するかどうかを判断する立場にあり、しかも、機種選定委員会や技術審査委員会では、同部部長である自分が委員会の委員長に互選される慣例で、自分の判断が非常に重要なウエイトを占めるということを知っているからこそ、このようにトラベラーズチェックを自分にくれようとしているのだということが分かった。

自分は、被告人Bからキャンセル料を払っておいた旨聞いた時、被告人Bらが、自分に平成二年度の概算要求のためにCT9800ハイライトの見積書とカタログを提出したことで同病院に対するCTのフル装備一式の売込みについて明るい見通しが持てたことから、自分が同部で導入するCT一式の機種選定委員や技術審査委員として入札仕様を決定し、応札した機種が入札仕様に合致するかどうかを判断する立場にあり、しかも、機種選定委員会や技術審査委員会では、同部部長である自分が委員会の委員長に互選される慣例で、自分の判断が非常に重要なウエイトを占めるので、自分に対して、平成二年度にCTの予算が付けば、是非、GE社製のCTのフル装備一式をまた同部で導入していただきたい、そのために自分にいろいろ取り計らっていただきたいと頼むために、さらにここでもう一押しして、自分が払わなければならないキャンセル料を横河メディカルシステムが自分に代わって支払ってくれたのだと思った」

また、被告人Bは、捜査段階において、本件各利益を供与した趣旨につき、大要次のとおり供述している。「自分は、会社のほうから、CT8800の買換えは絶対に落とすなと言われていたので、何としてもまたわが社が取り扱っているCTを購入してもらわなければならなかった。そのためには、何としてもGE社のCTを予算申請順位第一位にしてもらった上で、予算を要求してもらわなければならなかった。そして、被告人Aが次のCTの導入に当たってのキーマンであること、しかし、被告人Aが東芝派であることから、その気持ちを当社に向けさせるために、RSNA(北米放射線学会)に招待することで海外旅行に接待し、それにより被告人Aのご機嫌を取って、当社の取扱製品の購入を決めてもらおうと考えた。そのことはもちろん当時の自分の直属の上司である小池義隆も了解していた。米国旅行に招待できることになったら、きっと被告人Aはわが社に好意を持ち、次のCTの導入に当たっては、わが社に便宜を図ってくれ、わが社の取扱製品を入れてくれるだろうと思った。

昭和六二年一〇月ころに渡したトラベラーズチェックについては、別に当社が負担しなくてはならないものではないが、何分当社が接待するわけで、被告人Aに喜んでもらい、当社の取扱製品の納入に当たって便宜を図ってもらうために接待するわけだったので、その際の小遣いについても、同様に当社のほうで出してやらなくてはならなかった。なにしろ、相手はわが社のCTを納入させるかさせないかの実質的な決定権限を持っている人だったので、とにかくできるだけのことをし、出せるだけの金を出してやらなければならないと思っていた。それが賄賂であっても、相手がそれで喜んで当社のために便宜を図ってくれるのであれば、小遣い程度は決して高い投資ではなかった。トラベラーズチェックを被告人Aに渡すことについて当然小池も了解していた。

自分にとって、昭和六三年中は、被告人Aとは良好な人間関係を維持していき、何とか次の平成元年一、二月ころの予算申請の時には、わが社の取扱製品を第一位にして予算申請してもらえるようにしていくことが被告人Aとの関係では重要な仕事だった。同年二月ころ、被告人AをICRに招待しようと考えたが、それは、被告人Aが千葉大学において医療用機器の導入に関して実質的な決定権限を持っているからであり、それで、我々がその権限に基づいてわが社のCTの納入を決定してもらいたい、また、入札に当たっては、その便宜を図ってもらいたいと思ったからであり、しかも、この時には、被告人AがCT9800ハイライトを予算申請第一位にしてくれたことが確信を持って分かっていた時だったので、そのお礼という意味も当然に含まれていたし、これから先もわが社の機器の導入に同様の便宜を図ってもらいたいという意味も含まれていた。結局、ICRに出席するための費用を負担することはできなかったが、トラベラーズチェックは渡すことができた。このトラベラーズチェックを上げたのも、これから先、わが社が千葉大学にCTを納入するに当たって、その便宜を図ってもらいたいことや、この年度において、わが社のCTを予算申請順位第一位にしてくれたことのお礼などであった。トラベラーズチェックを渡すことについては小池や横山博史も了解していた。

キャンセル料については、そもそも被告人Aが悪いのだから、彼に支払わせればいいのだし、自分が負担するのも大変だったが、もしここでそのキャンセル料の処理の仕方を失敗して被告人Aの気分を害してしまったりすると、CTの納入はできなくなるし、今までの米国旅行の接待や、その時及び今回のトラベラーズチェックといったものが無駄な投資になってしまうなどと思った。逆にいうと、そのようなものをこちらで払ってあげれば、被告人Aはわが社に恩義を感じて、平成二年におけるCTの納入に当たっても便宜を図ってくれるにちがいないだろうと思った。また、わが社のCT9800ハイライトを予算申請順位第一位にしてくれたことについて、自分自身、被告人Aに恩義を感じていたことも、キャンセル料を支払ってあげようと思った理由のひとつになっていた」

2 自白の信用性

そこで、被告人両名の前記各自白の信用性について検討する。

(一) まず、被告人両名の各供述経過についてみるのに、被告人Aは、逮捕直後の平成三年二月一四日の弁解録取の際には、判示第一の一の各利益供与を受けた趣旨について、「トラベラーズチェックをもらい米国旅行の費用を出してもらったのは、以前から中央放射線部に設置されていたCT9800クイックのソフト面のバージョンアップを図るために米国に学術調査に行くための旅費と現地での雑費の支払いに充てるためである」旨の、判示第一の二の1の利益供与を受けた趣旨については、「トラベラーズチェックは、CGRの視察とアドバイスなどの学術協議をするため渡仏する際に、現地での雑費の支払いに充てるためにもらった」旨の各供述をし(なお、逮捕事実には、判示第一の二の2の事実は含まれていない。)、翌一五日の勾留質問の際にも、「被疑事実は、概ね間違いない。ただし、職務について少し違う点がある。言いたいことがほかにもあるが、そのことは後で言う。なお、横河メディカルシステムを有利に扱っていない」旨の供述をするなど(なお、勾留の基礎となった事実には、判示第一の二の2の事実は含まれていない。)、逮捕・勾留の当初は、本件各利益供与の趣旨について否認する旨の供述をしていた。ところが、同月二三日に至り、先の弁解録取の際に述べたことはうそであり、自分が後で考え付いた弁解であると述べた上、判示第一の一の各利益供与を受けた趣旨につき、「昭和六一年度に中央放射線部にCT9800クイックを導入したお礼の趣旨と、CT8800の買換えに際して、横河メディカルシステムが販売している医療用機器を中央放射線部に導入してもらいたいと頼みたい一心から、医療用機器導入に関する予算申請や入札仕様の決定及び技術審査においてGE社のCTが導入されるよう好意ある取り計らいを受けたい趣旨でトラベラーズチェックをくれたり米国旅行の費用を払ってくれるのだということが分かっていた」旨の、判示第一の二の1の利益供与を受けた趣旨についても、「CT8800の買換えに際して、入札仕様の決定及び技術審査において同社のCTが導入されるように好意ある取り計らいを受けたい趣旨や、同社のMRIが導入されるように予算申請や入札仕様の決定及び技術審査において好意ある取り計らいを受けたい趣旨でトラベラーズチェックをくれるのだということが分かっていた」旨の各供述をするに至り、同月二五日には、平成二年一〇月二六日に開催された技術審査委員会について、「私は、横河メディカルシステムから、昭和六二年一〇月には米国旅行の接待を受けた上、トラベラーズチェックをもらい、また、平成元年七月にパリとロンドンを旅行した際は、トラベラーズチェックをもらった上、キャンセル料を支払ってもらっていたので、何とか同社にCT一式を納入させてやりたいと思い、同社の担当者に、『明日までに確答できますか』と助け船を出してやった。そして、同社からフォーミュラに心臓機能解析装置を付けるとの連絡を受けたので、審査の結果同社の応札したCTに決定した旨の手続を管理課用度係にとらせた。本来ならば、フォーミュラとそれに付属する心臓機能解析装置について、再度、技術審査委員会を開催して審査をする必要があったが、自分は、同社から米国旅行の接待を受けたり、トラベラーズチェックをもらったり、キャンセル料を払ってもらったりしていたため、何とか同社に納入させてやりたいと考え、このような便宜を図ってやった」旨の供述をした。そして、その後も、前述したような、本件各利益供与の賄賂性を認める旨の供述を維持した。

被告人Bは、任意で取調べを受けていた平成三年二月一日、事実は事実として率直に述べると断った上、「被告人Aに、昭和六二年にGE社の医療用機器導入を依頼し、そのための便宜な取扱いを受けたい趣旨で海外旅行の接待とトラベラーズチェックを渡したことがあり、また、平成元年には、横河メディカルシステムが輸入販売していた医療用機器が導入されるように便宜な取扱いを受けたことに対する謝礼及び将来も同様な便宜な取扱いを受けたい趣旨で、トラベラーズチェックを渡した上、キャンセル料を肩代わりして支払ったことがある」旨の供述をしており、同月一四日に逮捕された後も、前述したような、本件各利益供与の賄賂性を認める旨の供述を維持した。

このように、被告人Aは、逮捕から九日を経過するに至ってようやく本件各利益供与の賄賂性を認めたものであるが、自白に転じてからは一貫して右賄賂性を認める供述をしていたものであり、また、同月二三日に自白に転じた理由についても、被告人Aは、検察官に対する同日付供述調書において、「報道関係者の動きや、大学病院の事務官から自分のことで東京地検特捜部が動いているらしいと聞き、自分が横河メディカルシステムから賄賂をもらっていたことが発覚してしまったことを知り、しまったと思うとともに、何とか罪を免れようとして前記のような弁解を考え付いた。しかし、検事から、自分が帰国後、ソフト面のバージョンアップやCGRの評価について千葉大学にも同社にも学術的な報告をしていないことや、米国旅行はとても学術調査旅行とはいえるようなものではなかったことなどを指摘され、もはや、うそが通るわけがないことがよく分かった。また、今では、このようなことをして申し訳ないと深く反省している。そこで、これから本当のことを正直に述べようと思う」旨供述し、被告人Aを取り調べた検察官である証人宮成正典も、公判廷において、被告人Aが自白に転ずるに至るまでの取調状況につき、同趣旨の詳細な証言をしているところ、右自白に転じた動機には何ら不自然、不合理な点は認められない。

他方、被告人Bは、右のとおり、任意の取調べの段階から、一貫して、本件各利益供与の賄賂性を認める旨の供述をしていたものである。

(二) また、前記各自白の内容をみても、これまで認定してきた客観的な事実に照らしても特段その合理性に疑いを差し挾むような点は認められず、前記「CT8800リプレース状況調査書」と題する書面その他の横河メディカルシステムの各種内部文書や、前記「『全身用X線コンピュータ断層撮影装置一式』の機種に関する技術審査結果報告書」と題する書面(平成二年一〇月二六日の技術審査委員会に関するもの)その他の同大学の各種内部文書等の客観的資料の内容とも符合している上、被告人両名の供述を比較しても、細部の具体的事実にわたって相互に概ね一致しており、その他、小池義隆、横山博史など関係者の各供述と比較しても、別段、矛盾するような点も認められない。さらに、証拠を検討しても、検察官が被告人両名に無理に事実に反する供述をさせた形跡は認められず、かえって、宮成証人は、「二月二三日の時点では、被告人Aに対して、MRIを導入してもらいたいという趣旨が横河メディカルシステムのほうにあったと思うかという質問をしたら、『はい』という答えだったので、MRIもトラベラーズチェックをもらった時の趣旨に含めて調書を書いたが、三月二日の時点で、再度、この点に触れた際には、被告人Aは、『平成元年の時点では、平成三年にMRIを概算要求の中に入れてもらいたいという趣旨が同社のほうにあったとまでは思わなかった』というような供述だったので、同日付の調書には、その点について記載しなかった」旨証言するなど(被告人Aの検察官に対する平成三年二月二三日付及び同年三月二日付各供述調書によれば、右のとおり供述が録取されている。)、被告人Aが自白に転じた後も、本件各利益供与の趣旨に関わる重要な事実についてさえ、被告人Aの供述をそのまま録取していたことがうかがわれる。

(三) 以上からすると、被告人両名の前記各自白は、十分に信用に値するものであるということができる。

(四) これに対し、被告人Aの弁護人は、前記宮成検察官が、平成三年二月二五日に、突然、被告人Aに対し、横河メディカルシステムのマーケッティング部が作成したCTに心電同期を付ける計画が一切ない旨記載された「特注票」と題する書面の写し(被告人Bの検察官に対する同年三月三日付供述調書添付の資料一七《二枚目》。以下、「特注票」という。)を示して、これが被告人Aの便宜供与を示す決定的な根拠であると説明したため、心電同期のソフトの開発を確信していた被告人Aは、相当な精神的打撃を受け、何を言っても信用してもらえないという諦めの境地から、これまで否認を通していたにもかかわらず、事実に反する調書に署名したものであるから、被告人Aの自白調書には信用性が認められない旨主張し、被告人Aも、公判廷において、これに沿う供述をしているので、この点につき、検討する。

前記宮成証人は、公判廷において、「被告人Aは、二月二三日に、既に、本件各利益供与の趣旨について自白していた。特注票のコピーが自分の手元に来たのは、三月三日のことであり、自分は、その日に被告人Aにこれを示した。被告人Aは、二月二六日付の供述調書作成時点で、既に、心電同期のソフトの開発に不安があった旨の供述をしていた」旨証言するところ、被告人Aの検察官に対する平成三年二月二三日付供述調書には、本件各利益供与が賄賂であることを認める記載があり、また、同月二六日付供述調書(検察官請求証拠番号乙37)には、フォーミュラに組み込む心電同期のソフトが検収日までに開発されるか今一つ不安があった旨の記載が見られることや、仮に、宮成検察官が、被告人Aに対して、同月二五日に、便宜供与を示す決定的な証拠として特注票を示して自白を迫ったのであれば、同日付の供述調書には、これに関連する記載が見られるのが自然であるのに、右供述調書には、技術審査委員会の状況等が記載されているのみであって、特注票を示したことをうかがわせるような記載は全くないことなどからすると、右宮成証人の証言は、客観的事実経過に符合し、その内容も合理的であって、十分信用性があるといえる。

この点に関し、同弁護人は、特注票が押収されたのは同年一月三一日であり、これが押収後一か月以上も放置されるとは考えられない旨主張し、宮成証人の証言の信用性を争っている。同弁護人野崎晃作成の報告書によると、確かに、特注票の押収は同日に行われた事実が認められるが、宮成証人は、「押収した証拠物は、東京地検の本庁のほうで捜査している検事や検察事務官が一つ一つ検討していくのであるが、資料は膨大であるから、発見するまでに相当な時間がかかってもおかしくない。そして、重要な資料が発見された場合には、主任検事のほうから東京拘置所に詰めている自分たちの手元にそのコピーが送られてくる」旨証言しており、その説明は十分合理性があると考えられるから、同弁護人の右主張は採用できない。

以上からすると、同月二五日に特注票を示されたため虚偽の自白をしたという被告人Aの公判廷における供述は信用することができず、したがって、右公判供述を前提にして被告人Aの捜査段階での自白調書には信用性が認められないとする同弁護人の主張は、採用の限りではない。なお、同弁護人は、被告人Aには、同月二三日付の供述調書が自白調書である旨の認識がなかった旨主張し、被告人Aも、公判廷でこれに沿う供述をしているが、右供述調書の内容は、前記(一)のとおりであり、これが本件各利益供与の賄賂性を具体的に認めたものであることは明らかであって、国立大学の教授であり医師である被告人Aが、その内容を理解できなかったとは到底考えられないから、同弁護人の右主張は失当であるといわざるを得ない。

七  本件各利益供与の趣旨についての被告人両名の弁解の合理性

1 弁解の内容

被告人Aの弁護人は、前記のとおり、「被告人Aは、①判示第一の一の各利益については、X線CTの性能向上、MRIの問題点解明、三次元画像処理システムの開発等に関する学術調査の実費及び報酬並びに被告人Aが医療機器の開発等に関し横河メディカルシステムに対してこれまで継続的に行ってきた助言や将来行うべき助言に対する報酬として、②判示第一の二の各利益については、ICRに参加してMRIの最新動向等を調査し、また、CGR社の研究所において同社のX線テレビ等の開発状況等を調査するなどの学術調査の実費及び前記助言に対する報酬として、それぞれ受けたものである」旨主張し、被告人Aも、公判廷において、これに沿う供述をしている。

他方、被告人Bの弁護人は、「被告人Bは、判示第一の一及び二の1(第二)の各利益については、X線CT等の先端医療診断機器の導入に関して必要かつ正当な、臨床医等の海外研修、学術調査、資料購入等のための費用として供与したものであり、判示第一の二の2(第三)の利益については、被告人Aと前記執印との間で進退両難に陥った結果供与したもので賄賂ではない」旨主張し、被告人Bも、公判廷において、「被告人Aに米国に行ってもらったのは、MRIの動向等を調査してもらい、MRIに対する理解を深めてもらうためなどであり、トラベラーズチェックは、その調査に付随する諸経費として供与した。また、平成元年に被告人Aにトラベラーズチェックを供与したのは、CGR社におけるX線テレビジョン等の調査を依頼したので、これに付随する諸経費として供与した。キャンセル料債務を負担した理由は、執印が困惑していたことや、被告人Aと執印との間でごたごたするのも嫌だったことなどである。そもそも、欧州に行ってもらうよう依頼したのは自分なので、自分に責任があると思い、右債務を負担した」旨供述している。

2 弁解の合理性

そこで、被告人両名の前記各弁解の合理性について検討する。

(一) まず、右各学術調査の費用及び報酬という点についてみるのに、被告人Bの検察官に対する平成三年二月二八日付供述調書添付の資料二「千葉大A先生米国訪問の件」と題する書面の写しには、「SIGNAを使用したMRIおよびMRSがどのように臨床に役立っているか、サイトおよびGE工場を見学していただきたく」との記載が見られ、また、被告人Bの検察官に対する同年三月二日付供述調書添付の資料三「ICR調査依頼の件」と題する書面の写しには、「ICRにおいてMRの最新動向についての調査を依頼いたしたく」、「調査題目 世界におけるMR最新動向」との記載が見られるほか、証拠によれば、判示第一の二の1(第二)のトラベラーズチェックの購入費用については、横河メディカルシステムにおいて、「調査費」という費目で会計処理されていたことが認められる。

しかしながら、右各書面には、調査の内容についてそれ以上の具体的な記載は存在せず、かえって、前記「CT8800リプレース状況調査書」と題する書面(写し)には、「A助教授がキーマンとなるので現在は東芝派であるA助教授との人間関係が左右する。RSNAにてGEに招待予定」という趣旨の記載が見られるのであって、横河メディカルシステムとしては、CT8800の買換機種の納入に当たって被告人Aを攻略するための手段として被告人Aの米国旅行費用を負担する意図であったことがうかがわれること、私企業である横河メディカルシステムが費用を負担する学術調査であるからには、その調査結果自体が被告人Bら同社側にとって有益なものであるのが当然であるところ、判示第一の一の1の米国旅行に関し、被告人Bは、公判廷においても、調査結果自体の有用性には特段触れていないこと、前掲関係各証拠によれば、被告人Bは、被告人Aに対して右米国旅行の費用負担を申し入れた当初、調査とは何の関係もない被告人Aの妻の旅行費用の負担を申し入れた事実が認められること、被告人Aが前記のとおり学術調査の報酬という点を主張しているにもかかわらず、被告人Bは、被告人Aの弁護人の再三の質問に対しても、報酬の意味合いはなかった旨明言していること、前記のとおりの学術調査であるならば、その調査結果を相当な方法で同社に報告するべきであるところ、前掲関係各証拠によれば、被告人Aから同社に提出された米国旅行に関する調査レポート(被告人Bの検察官に対する平成三年二月二八日付供述調書添付の資料一四)は、鉛筆で走り書きした極めて簡単な感想文のようなものであり、同社が被告人Aの米国旅行に多額の費用をかけたことからすると、到底、これを調査結果の報告とみることはできないこと、前記欧州旅行に関しては、被告人Aは、同社に対して全く調査レポートを提出していないことなどを考え合わせると、被告人Bらから被告人Aに対して前記各学術調査の依頼があったものとは到底認められず、したがって、本件各利益供与が、学術調査の費用及び報酬(報酬であるとの点は、被告人Aにつき)であるとの前記各弁解は、いずれも信用することができない。

なお、被告人Aの弁護人は、被告人Aは、米国及び欧州での学術調査の結果を主に論文の形で発表することを考えていた旨主張するが、検察官指摘のとおり、同社が多額の費用をかけて依頼した調査の結果を公刊物に公表する形で行うというのは、極めて迂遠な方法であり、また、同社にとって有用であるはずの情報が同社に独占されず簡単に競争関係にある業者等に流出してしまう結果を招く不自然な方法であるといわざるを得ないから、右主張は、採用できない。

(二) 次に、被告人Aの弁護人が主張する助言に対する報酬という点についてみるのに、前掲関係各証拠によれば、確かに、被告人Aが横河メディカルシステムに対して医療用機器に関する各種の助言をしていた事実がうかがわれるが、他方、同社が同大学に対して日常的に医療用機器の補修等について便宜を図っていた事実もうかがわれ、同社が被告人Aから一方的に助言という形で利益を享受していたとはいえないこと、本件各証拠を総合しても、本件各利益供与の時期以外に、被告人Aが横河メディカルシステムから助言に対する報酬を受け取っていた事実は認められず、本件各利益に限ってこれを助言に対する報酬として受け取ったとみるのはいかにも不自然であること、特に、被告人Aの個人的な債務である本件キャンセル料を代位弁済させることで助言に対する報酬を受け取るというのは通常考えられないこと、被告人Bほか横河メディカルシステムの関係者は、公判廷において、いずれも本件各利益を助言に対する報酬として供与した旨の供述はしておらず、被告人Aの供述との間に食い違いがみられること、前記被告人Aの弁解録取書及び勾留質問調書によれば、被告人A自身、前記のとおり本件各利益供与の趣旨について、捜査段階の当初、否認していた時期においても、これを助言に対する報酬として受け取った旨の供述はしていないことなどからすると、本件各利益供与が、被告人Aの横河メディカルシステムに対する助言に対する報酬であるとの前記弁解もまた信用することができない。

(三) なお、被告人Bの弁護人は、第一回公判期日において、判示第一の一及び二の1(第二)の各利益につき、臨床医等の海外研修の費用として供与されたものである旨主張していたが、本件各証拠を精査しても、右各利益がそのような趣旨で供与されたものでないことは明らかである。

八 本件各利益供与の趣旨に関する結論

以上のとおりの被告人Aの有していた職務権限の重大性及びこれに対する被告人Bらの認識、被告人Bらの被告人Aに対する働きかけの状況、被告人Aの横河メディカルシステムに対する便宜供与の状況、被告人Bらによる利益供与の対象者の選抜方法、被告人Bらの賄賂供与の動機、被告人両名の捜査段階における自白の信用性、被告人両名の本件利益供与の趣旨に関する弁解の不合理性に加え、前記認定のとおりの被告人Aの有していた職務権限の内容及び同病院における大型高額医療用機器購入手続の内容を総合すれば、本件各利益供与は、判示のとおり、いずれも被告人Aの職務に関してなされた賄賂であるというべきであり、また、被告人両名に右のような賄賂性の認識があったことは明らかである。

なお、検察官は、判示第一の二(第二、第三)の各利益につき、平成三年度の特別設備費の概算要求、発注仕様の決定及び技術審査において、GE社製造のMRI等についても、好意ある取り計らいを受けたい趣旨で供与されたものである旨主張するが、前掲関係各証拠によって認められる被告人Bらの被告人Aに対する働きかけの状況や被告人両名の捜査段階における自白の内容等を総合すると、右各利益が右の趣旨も含めて供与されたものであると認めることはできないといわざるを得ない。

第三  賄賂収受罪の成否

被告人Aの弁護人は、本件キャンセル料債務の代位弁済を受けた点については、仮に、被告人Aが右代位弁済の申し出を受けた際に賄賂性の認識を有していたとしても、これが、実際に弁済された時期まで継続していたとは考えられないから、賄賂約束罪の範囲で犯罪が成立するに過ぎない旨主張するが、前掲関係各証拠によれば、被告人Bは、平成元年七月一九日ころ、被告人Aに対して、本件キャンセル料債務を被告人Aに代わって支払う旨の申し出をし、被告人Aもこれを承諾したこと、その後、被告人Bは、同年一一月二九日及び同年一二月四日の二回に分けて、本件キャンセル料相当額を判示第一の二の2記載の預金口座に振込送金し、被告人Aが同額の財産上の利益を受けたこと、被告人Bから被告人Aに対して右代位弁済の申し出があった後、被告人Aから被告人Bその他の関係者に対して、自分が本件キャンセル料を支払うなどといった申し出は一切なされていないことの各事実が認められるのであり、したがって、被告人Bは、被告人Aの右承諾に基づいて本件キャンセル料債務の代位弁済をしたものといえるから、被告人Aが右財産上の利益を受けた時点で、被告人Aに賄賂収受罪が成立することは明白である。

第四  横山博史との共謀

被告人Bの弁護人は、判示第二の事実につき、被告人Bと横山博史との間に、共謀の事実は認められない旨主張するが、被告人Bの検察官に対する平成三年三月二日付供述調書、横山博史の検察官に対する供述調書等からすれば、判示のとおり、右共謀の事実が認められることは明らかである。

(量刑の理由)

一  被告人Aについて

被告人Aは、本件当時、千葉大学医学部助教授であり、同学部附属病院の中央放射線部部長であって、同部で使用する大型高額医療用機器の導入に関して重大な権限を有しており、本来、その権限を公正かつ廉潔に行使すべき立場にあったにもかかわらず、医療用機器の販売業者である横河メディカルシステムの営業担当者である被告人Bらから、医療用機器導入に関し、海外旅行費用の負担等の合計四回にわたる賄賂の供与の申し出を受けるや、いずれも極めて安易にこれを収受したばかりか、その後、自己の権限を濫用し、全身用X線CTの導入に当たって、横河メディカルシステムに種々の便宜を図ったものであり、また、その収受した利益も、合計四三三万七八五〇円相当もの多額に上ることなどからすると、その犯情は極めて悪質である。さらに、本件が発覚したことにより、国立大学附属病院の医師と医療用機器販売業者との間の癒着の実態が明らかとなり、国立大学附属病院の医師に対する国民の信頼は裏切られ、その権威は著しく失墜させられたのであって、本件により被告人Aが社会に与えた影響は重大であるといわざるを得ない。加えて、本件の後、公務員である医師が医療用機器等の導入に関して業者から賄賂の提供を受けたとされる事件が少なからず摘発されていることは新聞等の報道するところであって、この種事犯の再発防止という一般予防の点も量刑上軽視することはできない。以上の事情に加え、被告人Aが公判廷において、賄賂の趣旨を否認して種々の不自然な弁解を繰り返し、本件犯行に対する真摯な反省の態度が見られないことなどからすると、被告人Aの刑責は重大であるといわなければならない。

他方、被告人Aは、これまで医師、研究者等として、同病院において、長らく研究、教育、診療等に従事し、医学界のみならず、社会に対して多大の貢献をしてきたものと認められること、本件は新聞等で大きく報道され、被告人Aも既に相当程度の社会的制裁を受けていると認められることなど被告人Aに有利な事情も認められる。

以上のような被告人Aにとって有利、不利一切の事情を総合考慮すると、被告人Aに対し、その刑の執行を猶予するのが相当である。

二  被告人Bについて

被告人Bは、横河メディカルシステムの営業担当者として、被告人Aに対し、自社の医療用機器の納入を有利に進めるため、手っ取り早く賄賂を供与することを企て、合計四回(ただし、起訴されたのは二回分)にわたって、海外旅行費用の負担等の賄賂を供与したものであり、その供与した利益も前記のとおり多額に上るものであって、その犯情は悪質であり、その刑責はやはり重いといわなければならない。

他方、本件においては、当時の横河メディカルシステムの営業姿勢自体が、販売実績を上げる目的のためになりふり構わず接待攻勢をかけるといった相当の問題を含んだものであり、ひとり被告人Bのみを非難することはできないと認められること、被告人Bが、本件により世間を騒がせる結果となったことについては深く反省していることなど被告人Bに有利な事情も認められる。

以上のような被告人Bにとって有利、不利一切の事情を総合考慮すると、被告人Bに対しても、その刑の執行を猶予するのが相当である。

(裁判長裁判官高橋省吾 裁判官山田敏彦 裁判官浅井憲)

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